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昨日、京都駅伊勢丹で行われていた「円空・木喰展」に行く。
精神面がクオリティを上げる実例。祈りの感情だけによって作られた造形。
その思いが木っ端の中の仏様を見つけ出したりできるんだろう。
一つの思い遂げようとすることは強い。

久しぶりに書いたらえらく長文になったのでたたんでおく↓

あと夜にテレビで3Dアニメ映画「エクスマキナ」をやっていたので観る。
ネタバレになってしまうがこれのストーリーの中で、人体に取り付ける型のコンピュータ端末と人工衛星を悪用し、人類の均質化、つまり洗脳を行うシーンがある。

これを観ていて感じたことがある。特に漫画やアニメの分野において、このようなコンピュータやネットワークの発達、都市、人間の電脳化による弊害や終末論はたくさん描かれてきた。都市を支配するコンピュータ、暴走し人を殺す自律機械、抗うどころか危機に気付きも(気付かされも)しない人間たち。 そのいくつかは、この現代だからこそリアルさを持って受け止められるものであると思う。

だのに、現実では、コンピュータやAi、ネットの進化は留まることを知らない。それに対する倫理面の論議や、機械の反乱に対する認識や対策は、素人目には全くなされていないように見える。アニメで語られる世界は遠くとも、決して荒唐無稽なものではなくなってきているのではないか。 自分は、そういうことは決してバカにはできないと考えている。

自分は理系ではないので想像の域だが、やはりそういう技術を開発するサイエンティストたちは、自分が創る未来を、倫理や危険だからという理由で止められるのはイヤだろうか。クローン等の生命技術はその頸城を受けているが…まだ「機械」に対してそれを求めるのはナンセンスにしかならないのか。

自分は最近、自動で動く掃除機やプログラミングとはいえ自分で充電所まで歩くロボットを見て、それさえとても怖い、と感じている。「生み出す」ことが人の手をフッと離れていく恐怖感だ。今更気付いたが、世界は既に人間のものではないのではないか。プログラミングしているのは人間だから…というのは理屈だが、機械はその時、人間がレバーを握らなくても稼働しているのは事実だ。安全の保証はない。

もっと卑近なところでは、自分は卒業制作で現在のコンピュータの筐体のあり方について考えている。もちろん理系じゃないからもっとエモーショナルな部分だ。例えば、iphoneは人間に近づいたプロダクトだが、人間の心に真に近づいたプロダクトとは思えない部分がある。操作系などもそうだ。革新的で、美しいが、人のカタチや動きに対しての、 何か「モヤモヤ」した足らなさを感じている。「モヤモヤ」なんて言ったらバカにされるだろうか。 まぁこんな物言いしかできてない時点でかなり悩んではいるのだが。

モノは人間が使うもの。とりあえずそれは信じたい。

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